プロフィール

ロジカル×マジカル開運の専門家@くっきぃプロフィール

本名:渡部俊子
生まれ年:1964年(九紫火星/水瓶座)
経歴
東京デザイナー学院 アニメーション科卒業。
アニメーター、その後マンガ家として活動中、「東洋系の占い」に興味を持つ。
2003年2月に「くっきぃず開運倶楽部」をオープン。
これまでに、のべ2,000名様の運勢を鑑定。
2016年12月、初のコミックス単行本【いやさか!~福を引き寄せる開運コミック~】を発行。
2017年5月、さらに活動の場を広げるため「MMS認定ヒーラー」となる。

 
  • 「泉妙易占学院」にて「九星気学」を習得  易学士認定14115号「渡部星易(わたべせいい)」名を拝命
  • 同学院にて 易学講師認定16104号
  • 「奇門風水学院」にて「大陸風水」「奇門遁甲」を習得
    「陰陽八卦風水」「八宅法」「玄空飛星法」「紫白九星法」「三元法」による風水鑑定を習得
    ※奇門遁甲と気学を組み合わせた独自の方位術鑑定
  • 「真占術易学校」にて「黄帝復古暦四柱推命」「六爻断易」「六壬神課金口訣」を習得
  • 「MMS(モダンミステリースクール)」にて認定ヒーラー「DNAアクティベーション」を習得
 

メディア掲載歴

 【いやさか!~福を引き寄せる開運コミック~】を商業出版
2016年12月21日 飛鳥新社より発売 ↓アマゾンにて購入可能↓

 

 調布FM「人生カルクイロイロ」に隔週の2週に渡りゲスト出演(2017年7/5&7/29)
メインパーソナリティは「津軽の占い師やまちゃん」さんです。
いやさか!」と「DNAアクティベーション」について楽しくおしゃべりしてきました。

 

宝くじ情報雑誌「お宝ドンピシャ!」にて1年間(隔月)連載しました
「くっきぃ先生のSweets占い」
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タウン情報誌「Poco’ce(ポコチェ)」で紹介されました
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アニメーター、その後マンガ家として活動中、「東洋系の占い」に興味を持つ・・・って・・・作家活動が順調でしたら、突然「東洋系の占い」に興味を持つはずはありませんよね?
そういう企画があって、面白かったからハマッちゃった的なノリならともかく。
ここからは、何故「マンガ家」が「占い」に走ったのか?
挫折と浮上の連続のプロフィールを公開していきましょう。
↓ ↓ ↓ ↓ ↓
私は、小さい頃からアニメとマンガが大大大好きで、「大きくなったらマンガ家になりたい!」と本気で思っていました。
親の反対をものともせず(笑)マンガ家になる!という夢は叶いました。
「少年KING」という雑誌でデビューすることが出来たのです。
・・・ところが、現実はそうは甘くはありませんでした。
プロとしてはなかなか芽が出ず、ヒット作にも恵まれず、雑誌も廃刊の憂き目に遭い、他の編集部にも当たりましたが、結局は細々と同人誌作家としてマンガを描く日々が続きました。
「え?マンガ家さんなの?何の雑誌で描いているの?」
と、聞かれる度に・・・
「ええ、今は同人誌で描いているんですけどね~」と・・・。
「○○という雑誌で描いてます!」とは言えない挫折感恥ずかしさが入り混じった、複雑な感情に襲われたものです。
マンガ家を挫折する前には、アニメーターも途中で挫折しました。
初めての独り暮らしと無理がたたって、体調不良をおこしたからです。
田舎に戻ってOLやりましたが、やはり会社勤めは肌に合わず9ケ月で退社。

こうして私は、20代前半の時点で、アニメーターも断念!プロのマンガ家も断念!会社勤めも断念!という・・・早くも「私ってもしかしてダメ人間?」と、極度の自己卑下に陥ったのでした・・・。

 
反面、恋愛運と結婚運は良く1989年に結婚をしました♪
お相手は、【いやさか!】の作画を担当してくれた源太郎くんです^^
当時彼はイラストレーターでした(いえ、今でもお仕事募集中で~す!)。
結婚後数年は良かったのですが、Win95や98が世に出始めた頃から、イラスト業界を取り巻く状況が変わっていきました。
手描きのイラストレーターだった源太郎くんのお仕事も、徐々にデジタルに取って代わられ減っていったのです。
『何故なんだろう?2人とも下手なわけではなく、こんなに真面目に取り組んでいるのに、なんでどんどん絵の仕事が減っちゃうんだろう??』
・・・私の中で、半ば諦めの気持ちと、夢を諦めたくない!という気持ちが入り混じり、ストレスでクタクタになっていた時(源太郎くんは髪が無くなりました^^;)、1冊の本が私の目に飛び込んできたのです!
それは!Dr.コパさん著の「吉方位旅行」の本でした(笑)!!
もう、破れかぶれでした!
「こんなことで運気が上がるなら・・・!」と、ワラをも掴む気持ちで、なけなしのお金を注ぎ込んで「吉方位旅行」をしてみました。
すると、単発でしたが、久しぶりに大口のオフィシャルなマンガの仕事が決まったり、源太郎くんも雑誌のイラストレギュラーが決まったりしたんです!
そりゃもう、味しめましたね(笑)!
それからはもう、「方位」「占い」と、興味のおもむくままに勉強をしまくりました。
「人生、上手くいかない裏には、何か運勢の罠があるに違いない!」
と、持ち前の探究心に火が付き、「気学」に始まり「普通の四柱推命」「八宅風水」「奇門遁甲」「復古暦四柱推命」「易」と、どんどん難しい理論を勉強をするようになり・・・。
そして、とうとうプロの占い師としてネットデビューをすることになったのです。
・・・今思えば、「占い」などといった怪し過ぎるものを勉強することを許してくれた、源太郎くんの懐の深さに、感謝♪感謝♪なのです^^;
後に、チャネリングによって、源太郎くんとはツインソウルであることが判明!!
元々1つの「魂」だったものが、2つに分かれているのだそうで。
だから、どんな苦労も2人なら乗り越えていけるんだな~♪妙に納得しました(笑)

 
「占いネットデビュー」といっても、最初は「主婦のおかづかい稼ぎ」のつもりでした。
ですが、何故かあれよあれよいう間に、ネットで半年待ちの占い師となっていきました。
お水取り」「奇門遁甲」「風水」パワーのお陰だと思います!
マンガの道具を全部捨てる!という「退路断ち」もしたので、それも効いたのかな?
(これに関しては後ほど、「捨てなきゃよかった」という事態になるのですが・・・)
鑑定をお待たせしている間にも「開運情報を」と考えて、メンバー制を取り入れ、メルマガを発行し、メンバーの人数がどんどん増えていったりもしました。
こうして、のべ2,000名様の運勢鑑定・方位鑑定・お水取りのアドバイスをさせていただける占い師にまでなっていきました。

2011年3月、東日本大震災が発生しました!
同じころ、身内に不幸も起き、ど~~~しても凶方位に転居をしなくてはいけない状況にも追い込まれたりと、身辺がゴタゴタし始めます。
占い師として活動をスタートしてから8年。
徐々に、いわゆる「集客」というものに問題が発生するようになってきました。
HPをプロのWebデザイナーさんに作り直してもらっても全く改善しません。
今思えば、自分の「仕事に取り組む姿勢」が、シロウト過ぎたことが原因なのですが。
最初の出だしがまあまあ順調だったために、ビジネス的なことは何も考えずに、ダラダラと自己流で活動をしてきたツケが回ってきただけだったんです。
ですが、当時はそんなことは分りません。
「これ以上失敗すると、本当にダメ人間のレッテルを貼られてしまう!!!」
そんな焦りで、胃がキリキリ痛む日が続きました。
・・・その頃「ホメオパシー」の学校に通い、「学生」としてほぼ無収入状態の源太郎くんとの生活も支えていかなくてはならず、「もうこうなったら・・・!」と、清水の舞台から飛び降りるつもりで、ビジネスセミナーに通うことにしたのです!
・・・ここで、以前のように「吉方位」や「風水」に頼らないところが、「自分ほんとに占い師かっ?!」と思いましたが(苦笑)・・・まあ結果的にはオーライでした^^!
何故ならば!
参加したセミナーで出版の話が舞い込んだからです!!!!!

 
【・・・ちょっと補足・・・】
2012年、地球が「アセンション(次元上昇)」を起こし、地球も宇宙も人間も「波動」が変わりました。今まで「当たり前だった常識」が通用しない時代になってきているのです。
そういう【エネルギーの変化】に気付けなかったことも原因の1つです。
地軸の微妙なズレも起きています。
そして、携帯電話の普及で世界は電磁波だらけとなり、正直「吉方位」も効きづらくなってきています。
2012年頃から、運気が落ちている人や会社は、早めにスピリチュアル的なテコ入れをした方が良いと思います。
だからこそ!今後「くっきぃず開運倶楽部」は【アクティベーション&ヒーリング】に力を入れていくことをコミットするのです!
 
参加したビジネスセミナー(中井塾)は、既に年収(中には月収)1,000万越えをしている起業家さんたちがウヨウヨいる、お化けセミナーでした^^;!
さらに3倍、10倍の成長を目指して参加されていますので、スタートが違い過ぎました(笑)。
それでも初めて教わるマーケティングは、刺激的で非常~に面白いものでした!
「こんな世界があったんだ~」と、目からウロコでしたね。

その参加者の中に、犬飼ターボさんという起業家&小説家さんがいらっしゃいました。
セミナー初日の「懇親会の二次会」で、その方のお隣に座ることになりました。全くの偶然です。
神様が、がんばっている私にチャンスをくれたのだ!と勝手に思っています^^☆
私「え?小説を書いてらっしゃるんですか?タイトル教えてください!買って読みますので。」
普通、社交辞令で終わるパターンですが、これから半年間、同じセミナーで勉強をさせていただくお仲間さんですから、しっかり本屋さんで購入して読みました。
その本は【仕事は輝く(飛鳥新社刊)】という本でした。
「成功小説」というジャンルでして、主人公が仕事を通して成長していくストーリー。
面白くて一気に読んでしまいました!
読んでいて主人公のイメージが湧いてきたので、イラストにしてお渡ししたのです。
「社交辞令じゃありませんよ♪ちゃんと買って読みましたよ♪」も、アピールしたかったのです(笑)。
そうしたら、それはそれは子供のように喜んでくださって!
セミナー中に、ご自身のFBのタイムラインにイラストをアップしてくださったんですね。
すると、それを見てくださった飛鳥新社の畑編集長が、メッセンジャーを通して「1度お会いしたいのですが・・・」とメッセージをくださったのです!
畑編集長は【仕事は輝く】を担当された方でした。そして、後から知ることとなるのですが、実はあの「ムツゴロウさん(畑正憲さん)」の甥っ子さんなのでした^^☆

 
「なんだろう??」とドキドキしながら、いそいそと神保町まで出かけていきますと、畑編集長が「・・・とある企画がありまして・・・」と、1枚のA4用紙を見せてくださいました。
【日常に活かせる「占い」をマンガで】
「占いも出来て、マンガも描ける人を探していました」とのこと!
それって、私しかいないじゃ~ん(笑)!!!
畑編集長「まだ、この企画自体が通るかどうかも分らないのですが、一応何か案を出していただけないかと・・・」
「少年KING」が廃刊となって以来、「マガジン」に持込みをしても「これじゃダメです」と言われ続け断念したマンガ家の道が、突然パ~ッと開けた瞬間でした。
例え、「やっぱりこれでは企画として通りませんでした」と言われてもいい!このチャンスを楽しんでみよう♪
・・・そう開き直ったのが、かえって良かったのかもしれません。
一ヶ月後、提出した案があっさり通ってしまいました!
いえ、きっと、畑編集長ががんばって通して下さったのだと思います!
占い師になった時にぜ~んぶ捨てたマンガの道具を、また買い揃えるハメにもなりましたが(笑)
その結果世に誕生したのが【いやさか!~福を引き寄せる開運コミック~】です。
●私が話を考えネームを切り、
●編集長からのリテークを受けてまたネームを切り直し、
●源太郎くんが全ページ全て一人で作画をし、
●私が最後の仕上げ(ゴム・ベタ・ホワイト・トーン)をする
という作業が、延々と約1年半続きました。
こうして誕生した【いやさか!】は、子供がいない私と源太郎くんにとって「子供」のような存在です。
また、畑編集長のご尽力もあって、まさかのDr.コパさんの「紹介の帯文」までいただけてしまいました!!
私が、占い師の道に入るキッカケを作ってくださった「風水界の重鎮」に「紹介の帯文」をいただけた幸運に、やっと「自分はダメ人間じゃないのかも?」というセルフイメージになれたのでした。
「吉方位」と「占い」に目覚めて以来続けてきた、「お水取り」「奇門遁甲」「風水」パワーのお陰で結果を出残せたのだ!・・・とも思います☆
とはいえ、せっかく参加したビジネスセミナーですが、マンガ執筆に集中したお陰で、なんだかよく分からないうちに卒業となりました(笑)!
さあ!【いやさか!】を世に出した後は、また占い師としてのマーケティング活動に本腰を入れなくてはいけません!
ここからまた、私の波乱万丈な星が作用しだすのです。

 
「くっきぃさん、チャネリングのモニターやってくれない?」
それは、友人(魔女)からの突然のお誘いでした。
「ついでに【活性化】もしていけば?これはお金いただくけどね。」
活性化?は?何それ??
今振り返ると、DNAアクティベーションとの出会いは、チャネリングのオマケでした(笑)。
2017年、3月のことです。
友人「あなたはヒーラーになりなさい。そうすれば、占い師として100%になります。」
は?なんすかそれ?
友人「あなたがヒーラーになることで、ご家族も、ご近所も、クライアントさんにも【光】が届き、幸せになる人がどんどん増えていきます。」
は?な、なんなんすかそれ^^;??
もしもーし???
ヒーラーとかじゃなくて、これからの私、占い師としてのマーケティングに本腰入れたいんですけど・・・(滝汗)
そんなチャネリングの後、友人からDNAアクティベーションのセッションを受け、有無を言わさず大量の【光】が私の中に流れ込んできました!
・・・その後は怖ろしいほどの早さで現実が動いていきます・・・

2週間後にアデプトプログラムを受け、
遅れてすぐ、源太郎くんもアデプトプログラムを受け、
2ケ月後に、私はヒーラーになっていました。
全て、絶妙のタイミングでセミナーが開催されたのです。
【いやさか!】の印税は、ヒーラーになるために消費されていきました(爆)

そして、これを書いている2017年8月現在、DNAアクティベーションは、【くっきぃず開運倶楽部】のイチオシメニューとなっています。
アクティベーションやヒーリングをしている時、私はとても幸せを感じます^^♪
ヒーラーになって、本当に良かったと思っています。
徐々に、開運の効果や体験談を報告してくださる方も増えてきました。
何度も挫折を繰り返してきた私が、「お水取り」「奇門遁甲」「風水」「DNAアクティベーション」で、ここまで来ることができました。
これからも、以前の私のように、悩んでいる、自己卑下している、苦しんでいるクライアントさんのお力になれるように、たくさんたくさん勉強をして、使える占い師として、使えるヒーラーとしてありたいと思います。
もちろん、機会があれば【いやさか!】の第二弾、第三弾も出版していきたいです。
あなたの夢も必ずかないます!
私はこれからもずっと、あなたのお手伝いをさせていただきたいと思うのです。

 

源太郎ホメオパスプロフィール

Cooky 本名:渡部(わたべ)源太郎
生まれ年:1963年(一白水星/魚座)

 
  • JPHMA認定プロフェッショナルホメオパスNo.522

経歴
高校時代、友人とバンドを組みドラムを担当。
「オスコーフ」という「オフコース」のコピーバンド。
当時、オフコースのバンド担当、大間ジローさんに「うちでやらない?」と誘われるが、「イラストレーターとしてやっていきたいので」と、泣く泣く断ることに・・・。
※一緒にやっていた友人はそのままオフコースに入社。
 現在、オフコースのCDにはしっかりその方のお名前が入っています。

 

女医だった母親の影響で一度は医者を目指すものの、好きな絵で食べていくことを決意。
1980年代は、イラストレーター「高樹はいど氏」のアシスタントとして、またマンガ家のチーフアシスタントとして活動。
2000年代初めまで、主に車雑誌を中心にイラストレーターとして活動。
●「モーターサイクリスト」「オートバイ」「ヤングマシン」等でイラスト担当
●「ドマーニ(現オートキャンパー)」にて、オートキャンプ場の取材とイラスト担当
●交通タイムス社発行「月刊カートップ お役立ちメンテナンス講座」で作画担当
●デアゴスティーニ発行「週刊そ~なんだ!」でマンガ作画担当
●車サイトレスポンス「東京モーターショー」「オートサロン」で写真撮影担当
●トヨタF1公式ガイドブックの表紙担当
●【いやさか!~福を引き寄せる開運コミック~】の作画を全ページ担当

 

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2006年 オーラソーマプラクティショナー(レベル2)の資格取得
2009年 RAH(ホメオパシージャパン)にてプロフェッショナルホメオパスの資格を取得
2009年9月~2014年5月 ホメオパシージャパンのレメディショップ(初台・池尻・渋谷)にて販売員として勤務
2014年 プロフェッショナルホメオパスとして開業して今に至る
2016年12月 【いやさか!~福を引き寄せる開運コミック~】(作画担当)を発行
 
両親は、教師と医者。そして一人息子。
そんな堅苦しい家庭に生まれたのが、自分、源太郎ホメオパスです。
自分は、後のチャネリングによって判明したことなのですが、
早く生まれ過ぎてしまった【インディゴチルドレン】なのだそうです!
インディゴは、これまでのエルダー世代が作り上げてきた常識を【ぶっ壊す!!】のが仕事だそうで。
どうりで、教師にも医者にもなりたくなかったわけだ・・・(笑)
自分も「くっきぃ」と同様、子供の頃からアニメとマンガが大好きでした。
仕事に忙しい母親が参観に来ても、「せっかく来てあげたのに、あんたはノートの端っこにパラパラマンガ描いてて、全然手を挙げないんだから~!!」と、怒らせたものです。
問題の答えは分かっていたんですけど、先生に指されるのが面倒くさくて(笑)
こういうのが、インディゴなんでしょうね。

1970年代の後半以降に生まれている人たちは、インディゴチルドレンが多いそうです。
ちょうど今(2017年現在)、会社や組織の中で、中堅の位置を占めている年代ですね。
インディゴが社会人になった頃から、「年功序列」「終身雇用」といった、これまでの働き方が崩壊しつつあります。
「社畜」から脱出して「起業をしよう!」というブームも、インディゴのエネルギーです。
でも、親(エルダー世代)が作ったルールや常識をぶっ壊す!のは、並大抵のエネルギーではありません。
戦いを挑んだ末に敗れていくインディゴもいれば、エルダー社会の中で自分の活かし方が分からずに、ただひたすらもがいているインディゴもいることでしょう。
そして自分は、1960年代の前半という、あまりにも早く生まれてしまったインディゴのために、社会をぶっ壊すことも順応することも出来ず、もがき苦しむことになっていくのです。

 
今振り返ると、学生時代は楽しかったですね。
「制服がブレザーだし」「新設校だから先輩いないし」・・・高校を決めた理由も、こんな理由でした(笑)
音楽も大好きで、友人とオスコーフというバンドを作り、ドラムを担当していました。
家で練習していると、教師の父親が帰ってきて「うるさい!!」と一喝される日々。
それでも母親は、芸術面に多少理解のある人でした。
「占い師に診てもらったの。あんたは医者よりも、画家とか音楽家とか、そういうのが合っているんだって。」・・・そんな事を言っていましたね(笑)。
まあまさかその時は、自分の妻が占い師になるとは、夢にも思いませんでしたけど^^;
くっきぃ曰く、「あなたの命式は食神だらけだから、会社勤めは無理よ。生活のために仕事をするんじゃなくて、楽しむために仕事をする自由人よ。」・・・ほほ~・・・

オフコースに誘われたお話は、先に触れました。
でもその時は既に、セミプロとしてイラストレーターをスタートさせていました。
好きな雑誌にイラストを投稿し、そこで描いていた先輩のイラストレーターさんからお声を掛けていただき、調子に乗って編集部まで行ったことがキッカケです。
ですので、泣く泣くドラマーの道は諦めました。
「これから、イラストレーターで食べていきたい!」ことを、母親はともかく、父親をどう説得するのか???は、自分にとって最大の難関でした。
家で話を切り出すと「炎上」することは目に見えていましたので、喫茶店で話をすることにしました。
もう、こういう雑誌で仕事をしているという既製事実をつきつけ、無理やり納得させた感じですね。
心臓、飛びだすかと思いました(笑) 
 
 以降、近日更新
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